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分担研究概要
ヒト脳の正常加齢および脳加齢危険因子の解明
ー健常日本人脳MR画像データベースの画像医学的解析
福田 寛
加齢医学研究所 加齢脳・神経研究部門 機能画像医学研究分野 教授
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1. はじめに
最近の画像装置の進歩はめざましいものがあり、X線CT,MRIなどの形態画像装置はもとより、PET, SPECT,f-MRI,MEG, 光トポグラフィーなど、非侵襲的に脳機能を測定・画像化する装置の進歩は著しい。これらの装置を用いた脳研究はいまや脳科学の重要な位置を占めるにいたっている。最近の脳形態研究の流れとして注目すべきは、voxel based morphometry (VBM)と呼ばれる研究であろう。この方法は解剖学的標準化、組織分画法(tissue classification)と画素ごとの画像統計の手法を用いて脳形態の画像解析を行うもので、正常加齢に伴う脳形態変化のみならず統合失調症や痴呆などの脳疾患の解析も可能となっている。従来、脳機能画像は形態の変化に先行して病変を捉えることができると信じられていたが、分解能に優れた脳形態解析によって、早期の病変を検出できる可能性が高まってきている。
これまで我々は、2,000例に及ぶ健常な日本人の脳MRI画像を収集し、年齢や性、血圧、病歴、認知機能などの被験者背景データとともに、大規模脳画像データベースを構築した[1]。このデータベースは我が国では唯一、世界的に見ても有数のものである。このデータベースを対象としてヒト脳の加齢変化に関する画像解析を行い、これまで以下のことを明らかにしてきた。
1) 脳を灰白質、白質、脳脊髄液腔に分けてそれぞれの容積を計測した。その結果、灰白質容積は加齢とともに直線的に減少した。一方、白質容積はバラツキが大きいものの、加齢に伴う有意な変化は見られなかった[2]。脳脊髄液腔容積は加齢とともに増加した(図1)。
2) 灰白質容積減少の回帰直線上にある値を年齢相応の脳灰白質容積と定義した[3](初めて客観的な脳萎縮の指標を提案した)(図2)。
3) VBMの手法により、脳灰白質量の減少と相関する因子の解析を行った。その結果、血圧、飲酒、喫煙などの因子が有意に灰白質の減少と相関していた[4]。
4)うつ傾向のある被験者(閾値下うつ病)では、健常者と比べて前頭葉内側面の灰白質が減少していた[5]。
5) 加齢とともに増加する脳虚血性変化を自動的に抽出するアルゴリズムを開発した。
図1 Age-related volume change of the human brain
図2 T1 weighted brain MRI of 70 year-old male
Upper: a normally aged brain for his age. Lower: an atrophic brain for his age
2. 研究目的および研究計画
これまでの研究成果をふまえ、本グローバルCOEでは、以下の画像解析を進めるとともに、新たに脳加齢変化に関する縦断研究を行う。
1) 糖尿病、肥満などの脳動脈硬化危険因子と脳萎縮(灰白質減少)との相関を明らかにする。
2) 脳虚血性変化の定量的測定を行い、病変の程度と全脳あるいは灰白質容積との相関を解析する。
3) これまで行ってきた研究は、いわゆる横断研究であり、若年から高齢まで年齢の異なった被験者の脳の容積を計測し、これを「加齢変化」と見なしている。しかし厳密に言うと、この計測は世代間の脳容積の違いを見たもので、厳密には加齢変化ではない。そこで7〜8年間の間隔で2回脳MRIの撮像を行った被験者を対象として、同一人の加齢変化の解析を行う(縦断研究)。
4) これまで収集した脳画像は0.5 Tないし1.5 TのMRI装置を使用して撮像したものである。平成20年度以降は、3.0 TのMRI装置を用いて、空間分解能、組織の濃度分解能および信号/雑音比の高い脳画像を収集して、より精度の高い研究を行う。3.0 T MRI装置は平成19年度末に加齢医学研究所に導入の予定である。
3. 画像処理および解析法
3.1 解剖学的標準化・組織分画
大量の脳画像の特徴抽出を自動的に行うためには各個人脳形態を標準的な形態の脳の合わせる解剖学的標準化(anatomical standardization)、脳組織を灰白質、白質、脳脊髄液腔、脳外の組織などに分ける組織分画(tissue classification)を行う(図2)。分画された各組織に属する画素数をカウントすることにより各組織の容積を計算することができる。厳密に言うと、それぞれの画素が当該組織である確率は、0 ≤ x ≤ 1.0で表されるので、これらの画素ごとの組織確率を合計したのが容積ということになる。
図3 Anatomical standardization and tissue segmenta-tion of the brain MRI
3.2 画像統計解析
図2で示した、各組織の存在確率を独立変数として被験者の背景因子、例えば年齢、性、高血圧、糖尿病、肥満の有無などの因子を説明変数として、両者の相関を画素ごとに検定することができる。各因子は相互に独立で線形和であるいう仮説(general linear model)に基づいて偏相関解析を行うことができる。この画像統計解析を行うと、ある特定の因子と相関して灰白質が減少する脳局所を同定することができる。この手法をvoxel based morphometry (VBM)と呼んでいる。また、形態の変化をそれぞれの画素の移動・変形とみなして、そのベクトルの変化から脳の形態変化を定量的に扱うdeformation based morphometryの手法も採用する。
4. ヒトを対象とする加齢医学、予防臨床医学としての展望
超高齢化社会を迎える我が国において、加齢医学の重要性はますます高まっている。とりわけ脳の加齢に伴う認知症などの疾患予防に繋がるヒト脳を対象とする加齢研究が重要となってきた。本研究プロジェクトでは、画像解析、画像統計学の最新の手法を用いて、ヒト脳の正常加齢の理解と脳加齢を促進する因子を解析しようとするものである。このプロジェクトにおいては解析方法論・技術の開発・改良をめざすとともに、脳加齢を促進する因子を明らかにしたい。最終的には、これらの結果を臨床の現場に還元して、脳加齢の予防医学に繋げたい。
文 献
[1] Sato K, ほか3名. Neural Networks, 16, 1301-1310, 2003.
[2] Taki Y, ほか13名. Neurobiology of Aging 25, 455-463, 2004.
[3] 瀧 靖之, ほか9名. 臨床放射線 50-8, 37-42, 2005.
[4] Taki Y, ほか9名. Alcoholism :Clinical and Experimental Research 30-6, 1045-1050, 2006.
[5] Taki Y, ほか11名. J Affective Disorders 88, 313-320, 2005.