分担研究概要
サイバーヘルスモニタリング
吉澤 誠
サイバーサイエンスセンター
先端情報技術研究部 教授
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1. はじめに
新世紀における重要な社会的課題のひとつに,超高齢化に伴う医療費膨張の抑制がある.これはわが国だけの問題ではなく,中国など核家族化した主要国が必ず直面する問題である.さらに,人口の都市集中と地方の過疎化は医療環境の格差を加速している.
介護保険制度に基づく高齢者に対する介護サービスの進展や生活習慣病の予防を目指す特定検診制度の発足などは,医療費削減や医療格差の是正に寄与する可能性があるが,決定的な方策はまだ見えていない.
このような医療問題を是正する鍵となり得るのが情報通信技術(ICT)である.各家庭に光ファイバが通り,個人が100Mbps以上の通信速度の携帯電話を使うようになる近未来の情報通信環境が,健康維持・病気予防・効率的でユビキタスな医療環境構築に果たす役割は絶大であると予想される.
これを実現するための基礎研究が,われわれが行うサイバーヘルスモニタリング(Cyber-health monitoring)であり,個人の健康管理のための分散型センサ,体調推定アルゴリズム,体内埋め込み機器の制御と監視,バーチャルリアリティを利用したリハビリテーションなどに関する研究である.
2. これまでの成果
われわれは,先端情報技術を駆使することにより,メディカルサイバネティクスに基づく神経系・運動系・循環系における医療機器開発を目的とするものであり,これまで,次の研究を行ってきた.
2.1 バーチャルリアリティの医療応用
バーチャルリアリティ(人工現実感)システムを利用することにより,Fig.1のような,脳卒中後遺症などで生じる高次脳機能障害の検査およびリハビリテーションを行うための装置の開発を行った.半側空間無視患者における空間認識機能を,従来の視覚空間ばかりでなく体性感覚空間およびそれらを融合した空間において検査するシステムを構築した.臨床実験の結果,半側空間無視の新たな鑑別に有効であることが示された.
Fig.1バーチャルリアリティを用いた高次脳機能障害の検査およびリハビリテーション・システム.
a)システムの概観. b)ハーフミラーの背面に置かれた視線追跡装置. c)バーチャル回転寿司. d)脳卒中患者による実験
2.2 人工心臓の知的制御と監視
Fig.2のような,時系列モデルにおいてモータ電力と回転数に基づいて定常流人工心臓の差圧・流量を推定するための方法を動物実験において検証した.その結果,血液粘性単独の変化についてはこれを自動的に補正して差圧・流量を推定できる優れた特性を持つことが明らかとなった.また,血液粘性と血管抵抗の両方の変化に対して独立に推定可能となる方法を新たに提案した.さらに,左心房圧を定値制御することにより心房壁の吸着を防止する新しい制御法を動物実験に適用した結果,本制御法は,完全置換型人工心臓ばかりでなく,補助人工心臓に対しても吸着を防止できる可能性があることを新たに確認することができた.
Fig.2 時系列モデルによる定常流人工心臓の差圧・流量に対する推定システム
2.3 心機能推定と致死的不整脈検出アルゴリズム
本研究では,虚血性心疾患者の定量的診断と治療効果の客観的な確認にとって非常に有用となる心機能の指標であるEmaxを,超音波診断装置とトノメトリ式連続血圧計だけで低侵襲的に,しかも連続的に推定できるコンピュータ・システムの開発を行った.
また,国産の新しい埋め込み型徐細動器に用いることを想定した致死性不整脈を早期に確実に検出するためのアルゴリズムを自己組織化マップや同時確率分布を用いて開発する研究も行っている.
2.4 自律神経機能モニタリングシステム
Fig.3のような,われわれが開発した自律神経機能分析装置(Mayer-Wave-Analyzer)は,人工現実感システム,広視野テレビ,ゲーム・マシンのような新しい人工的映像が人間の心身に及ぼす影響を循環系のMayer波揺らぎによって定量化するための新しい装置である.血圧の代わりに計測が簡単な脈波伝播時間を適用するなどの諸種の改良を施したMayer-Wave-Analyzerによって,多数の被験者を対象とする同時実験ができる.これにより,統計的信頼性の高い映像刺激の生体影響評価が1回の実験で実施できる.
Fig.3自律神経機能分析装置(Mayer-Wave-Analyzer)
3. 研究計画
今後は,多次元生体情報の相関解析とデータマイニングによる健康状態定量化システムの開発を中心に行う,
従来,心電図や血圧などの生体信号はそれぞれ単独に解析されてきた.これに対して本研究では,身体に分散したセンサ(脈波・インピーダンス・加速度など)からの多次元分布型生体情報の相関解析とデータマイニングを行う.これにより,自律神経機能,血管弾性の能動的制御特性,あるいはそれらに基づく健康関連指標を簡便に連続的に把握すること(体調モニタリング)を目指す.
脈波信号のみから自律神経反射機能を定量化する手法については他に類のない独創的方法であり,幅広い応用可能性がある.既存の生理的パラメータでは把握できない生体情報が得られる可能性がある.
体調モニタリングが簡便にでき,蓄積・遠隔送信が可能になれば,高齢者・独居者をはじめ,一般の人々の健康管理や,より安全な自動車が実現でき,社会に与える利点と波及効果は非常に大きいと思われる.